コミュニケーションの上で率直であることは最も大切なこと、とよく言われます。これは本当です。ところが、よく質問をいただくのは、思ったことを相手に伝えたけれどうまくいかない、思いついたことを何でも相手に言ってしまってかえって関係がギクシャクするということです。コミュニケーションにおいて、率直であるということはどういうことなのでしょうか。
こんにちは。産業医・伝え方コーチの本間季里です。世代の違い・価値観の違い、利害の対立など、葛藤や緊張を伴う難しい関係性のなかで、それでも妥協点を見つけて協調していくための伝え方をご提案します。「頭でわかった」ではなく、実際にやれるまでしっかり寄り添います。
「伝えたいことがあること」と「それを伝えること」を、私たちはついつい一連のことと思いがちです。これを言いたいと思いつくと、次の段階では相手に伝えている。多くの人は、伝えたいことを思いついたら伝えねばならない、伝えるべきだと思っていのではないでしょうか。
本当は自分は何を言いたかったのかを明確にしたからといって、全てを伝えなくてはならないわけではないのです!実自分が言いたいことを明確にするという段階は非常に大切なことなのですが、それは相手のためというより自分自身のためでもあります。
言いたかったことを明確にする=自分のほんとうの気持ちに気づく、ということだからです。実はこれが一番大事。
例えばこんなことありませんか?あるいは場面を目にしたことありませんか?
高齢の親が、スーパーに日常の食料品を買いに行ったけれど、見ていると自宅にすでにある野菜や肉類をかごにどんどん入れている。
そう言えばこの前も冷蔵庫の中で腐っている食品を山のように捨てたばかり。
昔は無駄使いなどしなかったし、しっかりとした人だったのにどうしちゃったんだろう。
しっかりしてよ!今日は一緒に買物に来られたけれど、いつもは一人で買い物をしてもらわなくちゃいけないんだからね!私だって仕事しているんだから!!
そんな気持ちがむくむくと出てきて、
「おかあさん!これ、家にまだあったでしょ。同じものを大量に買い込んでどうするの!この前も、腐ってたじゃない。何があったか忘れちゃうんなら、紙に書いて持ってくればいいでしょ!」
と何度も何度も言ってしまう。
母親は黙って反論もせずにカートを押している。恥ずかしそうにちょっと笑いを浮かべながら・・・
この娘か息子は、無駄使いが心配で腹が立ったのでしょうか。それもあるでしょうけれど、腹がたった本当の理由は「昔はしっかりものだったのに、昔はできていたことができなくなっている年取った母親に対する哀しみ、せつなさ」ではないでしょうか?
その場合、自分のほんとうの気持ちに気づくとは「ああ、自分は、以前はできていたことができなくなる高齢の親を見て、哀しくてせつないんだな」ということです。
でも、たいていは「うちの親ったら、いくつも同じ食品買うのよ。もう一緒にスーパーに行くと食品を返して歩いて大変なんだから!」「うちもおんなじ!」という現象面だけになってしまうことが多いものです。
この場合の「言いたかったことを明確にする」と、「高齢の親を見てせつなくて辛い」ということです。ここまでくれば、そのことを高齢の親に伝えなくても良いと思えます。伝えたところでお母さんは困ってしまうだけでしょうから。
「同じ野菜や肉を買い込まないで!腐っちゃうから」で留まっていると、自分の気持ちは癒やされることはありませんし、友人に話をしても深い共感を得られることは少ないでしょう。「うちもそう!なんでああなんだろうね!!」で終わってしまうから。
でも、「高齢の親を見て切なかった」というところまで話ができれば、「本当だね。気持ち、よく分かる。切ないし悲しいよね。でも、あなたはよくやっていると思うよ」と、心の癒やし、慰めが得られるでしょう。
率直とは、思いついたことをすぐに口にすることではありません。自分が本当は何を言いたいのかを明確にし、伝えると決めたら飾り立てたり、オブラートに包んだりすることなく、相手に伝えることです。言いたいことを明確にすることと、伝えることは全く別物。言いたいことが明確になって、言わないことにした、ということもたくさんあるのです。
言うか言わないか、あなたが決めてよいのです。そして、その結果も自分が引き受ける、その繰り返しでコミュニケーションのちからはついてくるのです。