上下関係があるときの依頼:相手はNoというかもしれないことを想定する

課長のたかこさんは、ため息をつきながら電話を切りました。顧客から「明日の9:00までに今日のトラブルの報告書を頼むよ」と言われました。いまは16:00。報告書をまとめるとなると、残業は必至です。みな、今日のトラブル対応で疲れているはず。

「誰に頼もうか?」

「断られたらどうしよう。もし、全員に断られたら、私が必死になってやるってこと?」

たかこさんは徐々に、「冗談じゃない。こういう状況で断るってないでしょ。」という気持ちになっていきました。

こんにちは。産業医・伝え方コーチの本間季里です。世代の違い・価値観の違い、利害の対立など、葛藤や緊張を伴う難しい関係性のなかで、それでも妥協点を見つけて協調していくための伝え方をご提案します。「頭でわかった」ではなく、実際にやれるまでしっかり寄り添います。

産業医という仕事柄、いろいろな職場で上司からの業務指示に対するボヤキを聞く機会があります。もちろん、上司の立場からのボヤキもありますし、部下の立場からのボヤキもあります。職場だけでなく、親から子へ、PTAの古参の役員から新入りの役員に、友人グループの中でボス的な人からおとなしい人へ、など、いわゆる上下関係に基づいた依頼事項というのは日常的にたくさんあります。

冒頭のように、職場で急に上司から部下へ残業をお願いしなくてはならない場合。

切羽詰まった状況ならば、「もし、断られたら」という不安な気持ちが頭をよぎり、その不安感からついつい

「だって仕方ないでしょ」

「当然、残業するでしょ」

と考えがちです。そう考えると、相手に依頼をするときも当然ですが、「当然断るわけないよね」という気持ちが圧力となって、相手に伝わります。いわゆる非言語情報で伝わるというものですね。そうなると、相手は形としては「イエス」というかもしれませんが、心の中は釈然としない気持ちが積もり積もっていきます。長い目で見ると、両者の間には深い溝ができ、信頼関係ではなく単なる上司部下という上下関係だけ、ということになりかねません。

そんな状況のとき、大切なのは「相手にもNoという権利はある」ということを前提で理由を話しをしてみることをおすすめします。そうアドバイスすると、ときには鼻で笑われ「そんなこと言ったら誰も彼もNoって言って仕事が進むはずありませんよ。だれも残業なんてしたくありませんからね」と反発されることも少なくありません。

本当にそうでしょうか?実は、残業を頼まれる部下の多くは、その仕事を今しなければならない理由は理解しているものです。ただ、当たり前のように言われると人間は反発したくなるもの。あなたにも心当たりがありませんか?

また、相手がYesと言うことを前提で話をすると、「No」と言われたときに相手に理解を示すというより感情的な対応になりがちです。感情的というのは、何も怒鳴るとかネチネチと文句を言うということばかりではありません。黙ってしまうとか、深いため息をつくなども含みます。

ですから、本当はNoと言われたくないときこそ、「相手にはNoという権利があるのだから、断られる場合もある」と認識した上で、ていねいに話をしてみます。ここで言うていねいとは、相手の下手に出たり、顔色をうかがったり、相手におもねったりすることではありません。率直に、わかりやすく説明をして協力を依頼するということです。そして、相手のNoという事情に理解を示すということです。

でも、本当にNoと言われた場合は?全部自分がかぶるしかないのでしょうか?そんなときのために、あらかじめ「全部自分がかぶる」以外のオプションも用意しておくと良いですね。顧客に「明日の9:00までに、ではなく、16:00までにということにしてほしい」と交渉するのも一つではないでしょうか?

部下には部下の事情がある、ということを理解するならば、顧客の要望は要望として理解はするけれども、こちらにはこちらの事情がある。そしてその事情を顧客側にも理解を求めるという選択肢があっても良いはずです。その時は嫌な思いをするかもしれませんが、そういう交渉を続けていくことで、顧客との関係性も変わっていくかもしれません。また、なにより部下自身が、上司が顧客に事情を説明して理解を求めていく姿勢をみることで、部下たちに「自分たちのことを見ていてくれている」「自分たちのことを大切にしていてくれる」というメッセージが伝わっていくことでしょう。

本当にNoと言われたくないときこそ、Noと言われることも想定して依頼する。逆説的ですが、その本質は非言語情報が全く変わるから。こういうことを繰り返していくと、徐々に相手との関係性も変わっていきます。

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この記事を書いた人

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本間 季里

産業医、伝え方コーチ、ストレングス・コーチ

大学卒業後、小児科医・免疫学の基礎研究者を経て、2017年より、世代の違い・価値観の違い、利害の対立など、葛藤や緊張を伴う難しい関係性のなかで、それでも妥協点を見つけて協調していくための伝え方を提案し、個人と組織の両方にアプローチできる産業医・伝え方コーチとして活動中。

セッション数は7年間でのべ3000回以上、これまで300名を超える方々に伝え方の講座や研修を提供し、満足度が90%以上です。

資格:医師・医学博士・日本医師会認定産業医
NPO法人アサーティブジャパン会員トレーナー

Gallup認定ストレングス・コーチ

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