やめることを決める
こんにちは。産業医・伝え方コーチの本間季里です。世代の違い・価値観の違い、利害の対立など、葛藤や緊張を伴う難しい関係性のなかでも協調していくための伝え方をご提案します。「頭でわかった」ではなく、実際にやれることを目指します。
業務ですでに一杯一杯だった神戸さん(仮名)は、家族の病気がわかって以来ここ数年、業務と病院通いの付き添いや看病などのバランスがやっと整ってきたところでした。
効率アップのために多くの人がまずやること
どんなふうにバランスを整えてきたのですか?と聞くと、
●タスクを列挙していかに短時間にこなすか?考える
●同じ時間内に2つ以上のことを平行して行う
などが上がってきました。
例えば、休みの日にお子さんとの時間を確保するためには、お子さんと一緒にカフェに行って1)お子さんには勉強をさせる、2)自分は資格の勉強をする、ということでした。3)自宅から離れることによってリラックス効果もあると言っていました。
その努力、頑張りは大したものだと感服しました。
ただ私と出会った理由は、業務上でトラブルが起きて部署全体が今までにも増して忙しくなり、体調不良を感じるようになったからでした。
「いま、一番頑張らなければならないときなのに」
「こんな大切な時期に体調が悪くなるなんて・・・」
神戸さんの口からは次々と自分を責める言葉が出てきます。
忙しい人が生産性アップのためにまずやろうとすることが、神戸さんと同じように
1)タスクを列挙していかに短時間にこなすか?考える
2)同じ時間内に2つ以上のことを平行して行う
ということではないでしょうか?
最も簡単な効率アップの方法は?
そこで私は、「体調を良くするために、さらに効率アップを図って余裕を持ちたいんですね。わかりました。いま、どんな方法が思いつきますか?」と聞くと
●ロボット掃除機を導入する
●食器洗いは家族に手伝ってもらう
などが上がってきました。
そうか、掃除機がけは今まで自分でやっていたんだな。食後の食器洗いも全部自分がやっていたんだ・・・
「それもいいアイデアだと思いますが、『そういう状況でさらなる効率アップを図るならもうこれしかない!』という方法があるんですが何だと思いますか?」と思い切って聞いてみました。
神戸さんはしばらく考えたあと、「わかりません」とのこと。
それは、今までやっていたことの中でやめることを決めるということです。
このような提案をするとほとんどの人は抵抗感を示すのではないでしょうか?だから、生産性アップのために、今までの業務で無駄な業務を徹底的に洗い出そうと会社の上層部がかけ声をかけても結局減った仕事など微々たるもので何も変わりはしなかったということになるのです。
「今まで無駄な仕事を唯唯諾諾とやってきたのか!」とどこからか言われそうな、そんな恐れを抱くのです。本能的な防衛反応です。本当に無駄な業務を減らして社員の負担を軽くし、その分の時間とエネルギーをもっと建設的なことに使ってほしい、と本気で考えているなら、人間が等しく感じるこういう恐れを見越して、そこに対処しながら施策を進めるべきなのにな、といつも残念に思います。
現状維持バイアスを乗り越えよう
やめることを決めましょうと提案すると、ほとんどの人は「それは無理だ」と言い、無理な理由を話し始めます。神戸さんもはじめはそうでした。大きな理由は次の2つでしょう。
1)それまで自分がやるべきタスクを一つも減らすことなく必死で習慣化してきたことを否定されたような気がするから。
2)現状維持バイアスが働いて、止めることによる不利益が起きるのではないかと不安になるから。現状維持バイアスとは、知らないことや経験したことがないこと、つまり現状から外れたことを避けようとする心理傾向のこと。私たちが持つ認知バイスの一つです。
でも、例えば毎日やっていたことを2日に一回にするだけで、そのタスクを行うのべ回数は半分になります。それは今の難局を乗り越えるための一時的処置。今までの神戸さんの努力を否定するものではありません。
それどころか、いままでの生産性向上のための努力は神戸さんの血肉になっており、能力はアップしてきたはずです。でも、平常時に余力なくいっぱいいっぱいだと、今回のようなちょっとしたイレギュラーなことで一気にバランスが崩れてしまいます。
余力なくいっぱいいっぱいで平衡状態をぎりぎり保ってきたなどということは、職場は基本的に理解できていないもの。だから職場の受け取り方は、「ずっと頑張ってきて安心して任せてきたのに、忙しくなった途端に突然パタっと体調不良になった。どうしたのかな?」ということがほとんどなのです。
平時には余力を残す頑張り方を!
そして、現状維持バイアスが誰にでもあることをしっかり意識した上で、まずやめることをリストアップする!ということを真っ先にやってほしいと思います。
神戸さんはどうなったかって?
はじめはなかなかやめることを決めるということに同意してくださいませんでしたが、次第にやめることを小さく始めていただけるようになりました。「やめてもどうってことないんですね。」というつぶやきが印象的でした。