「悪気はないんだから」

ある会社の幹部の方とお話をしていたときのこと。コミュニケーションの観点から部下との関わり方について話をしていました。その方自身はとても穏やかな方なのですが、やはり社内にはときどき問題が起きるということでした。

こんにちは。産業医・伝え方コーチの本間季里です。世代の違い・価値観の違い、利害の対立など、葛藤や緊張を伴う難しい関係性のなかでも協調していくための伝え方をご提案します。「頭でわかった」ではなく、実際にやれることを目指します。

その時はある管理職の話でした。本人に明確な悪気はない。だが、暗い、返事もろくにしない、部下が質問をすると長々とメールで返事が返ってくるなど、部下が疲弊しているとのことでした。上司に悪気はないんだからと、体調不良になった部下に「気にするな」「考え過ぎ」と言ってきたがどうも事態が改善しない。

幹部に言わせると、その管理職は昔から誰に対してもそういう態度なのだということ。仕事では成果を上げていました。

「悪気はない」から仕方がないことなのか?

「悪気はない」、よく聞く言葉です。私はこどもの頃からこの言葉を聞くといつも砂を噛むような嫌な感じがしていました。

明確な意図があるなら気が済んだらやめることもあるけれども、「悪気がない」ならずっとこの態度や物言いが続くということだからです。「悪気はないんだから」という言葉は非常に簡単に使われます。でもこの言葉には、言われている方に「だから我慢しろ」「気にするな」ということが言外に含まれています。

言っている当人にその明確な自覚はないかもしれませんが、意図せずにそのようなメッセージを相手に送っていることを理解することは大切です。

私は「悪気はないんですよね」という言葉を聞いたら、一度は「悪気がないから何なんでしょうか?」と質問するようにしています。たいてい相手は「え?」と言います。それだけ何気なく言っている。無意識にですが、その後の話の流れもだいたい予想して言っているということです。

このときもそうでした。幹部は「あ・・いや・・だからどうというわけじゃないけれども・・」と口ごもっていました。

悪気がない、それはそうかも知れない。しかし、「悪気がない」からと言って管理職を放置し、体調不良になった部下にだけ「気にするな」「考え過ぎ」と変化を求めるのは間違っている。管理職の方にも変化を求め、部下の方にも受け止め方を少し変えてみる。双方の歩み寄りが大切ではないかとお話しました。

実際その職場では、他のメンバーたちも管理職の態度には問題意識を持っていました。決して気持ちよく業務を行っているわけではなかったのです。

「悪気はないんだから」と言ってしまいたくなるプロセス

受け止め方を変えるというのは多大なエネルギーと時間を要します。私は世の中の人達が「本当に簡単に『気にするな』と言うよな」とある意味感心します。気になっている人に向かって「気にするな」ってその一言を言えば気にならなくなるものでしょうか?

と疑問に思うので、「気にするなって言われて納得できましたか?」と当人にも聞くようにしています。ほぼすべての人が「納得したわけじゃないけれども、そうするしかないんだろうなと思いました」。しかし、具体的に何をどうしたら「気にならない」境地になるのか全くわからない、そう話します。

つまり、こういうことです。

こういうコミュニケーションの問題を考え続けるのが、誰にとっても面倒くさい。

はじめは話を聞こうと思うけれども、正直すぐに面倒くさくなる。一方で解決してあげなくちゃという気持ちにもなる。解決策を提示すれば話を止めることができるしね。

まるっと簡単に話をまとめて「あの人は悪気はないんだから(あなたも気にするな)」という解決策を提示して終わらせる。

ああ、全部あなた目線ですよね!

話を聴いてあげたいと思う、だから話を聞く→でも、すぐに落ち着かない気分になって話を切り上げたくなる→だからまるっと話をまとめて話を切り上げる

ここに相手の気持ちは全く考慮されていない・・・「悪気はないんだから」とついつい言ってしまう人にはまずはそこを自覚してほしいなあ。

「悪気はないんだから」と言う代わりにできること

では「悪気はないんだから」とまるっと話をまとめて切り上げるかわりに、あなたにできることは何でしょう。

話をすぐ「悪気はないんだから」と言ってまるっと切り上げてしまいたくなるのだから、長々と話を聞くことは多分できない。ならば、2つの方法かなと思います。

1)自分の方からあえて話を振らない、問題に近づかない

「どうしたの?話なら聞くよ」と自分から振っておいて、相手が話し始めるとすぐに「まあまあ、あの人も悪気はないんだから」と話を切り上げたくなってしまう。そんなことありませんか?

だとしたら、自分から、火中の栗を拾いにいかないことです。相手は中途半端な状態で話を切り上げられて不完全燃焼になってしまいます。あなたにとっても相手にとっても良いことはありません。

2)時間を区切って話を聞く

それでも話を聴いてあげたいというときは、「15分なら時間があるよ」と時間を区切って話を聞くのも一つです。その時は、15分経ったら区切りをつけること。15分と言っておきながら1時間話を聴いたら、次回から「15分なら時間があるよ」と言っても何の効力もありません。

結局、ズルズルと話を聞く羽目になり、「悪気はないんだから」と終了させてしまうことに。あなたにとっても相手にとっても良いことはありません。

本当にあちこちで聞く、この「悪気はないんだから」。あなたも一度この言葉の意味や使い方を考えてみませんか?

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この記事を書いた人

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本間 季里

産業医、伝え方コーチ、ストレングス・コーチ

大学卒業後、小児科医・免疫学の基礎研究者を経て、2017年より、世代の違い・価値観の違い、利害の対立など、葛藤や緊張を伴う難しい関係性のなかで、それでも妥協点を見つけて協調していくための伝え方を提案し、個人と組織の両方にアプローチできる産業医・伝え方コーチとして活動中。

セッション数は7年間でのべ3000回以上、これまで300名を超える方々に伝え方の講座や研修を提供し、満足度が90%以上です。

資格:医師・医学博士・日本医師会認定産業医
NPO法人アサーティブジャパン会員トレーナー

Gallup認定ストレングス・コーチ

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